番外篇ー火事です!事故勃発の巻

その事件は…引っ越して間もない、ある日、そう、時間は夜の10時半過ぎに起きた。いつものように夕食を終え、お湯を沸かしながら洗い物をしていた。ガスを使っているのだから、当然の如く換気扇をがーーーっと回して。
洗い物を終えた私は、カウンター越しにつながっているリビングに戻った。すると・・・なにやら外から声が聞こえてくるではないか。それは、う〜〜〜〜〜、うぃ〜〜〜〜〜んというサイレン音とともに、「1階で火災発生!直ちに避難せよ!」とかなんとか叫んでいる。だが、そんなことであわてふためく私ではなかった。
ふっふっふ、こういうのは、99%誤動作なのだよ〜ん。こんな新しいマンションで火事が起きるわけないじゃん(まったくをもって筋の通ってない理屈だが)、火災警報が鳴るのは、たいがい「酒蒸し」をしたときであることを、私はちゃーんと知っているのだ。酒蒸しは、ふたを開けた途端、蒸気が上にじゅわっと上がるのが、火災と誤認されるらしい。友達はこれをやってしまって、鳴り響く火災警報にどうしていいのかわからず、途方に暮れたといっていた。前のマンションの管理組合総会では、この話題がのぼり、どうにかしてほしいと訴えるおばさんに対して、理事長さんが、酒蒸しするときは、火災感知器にビニールでも巻いてやってください、とおかしなことを言って諭していた。とにかく、火災警報というものは、私の中ではこんな認識だったのである。
余裕しゃくしゃくの私は、ちょっと様子をうかがおうと、外に出てみることにした。それにしても、部屋の中にいるのに、警報が聞こえないとはけしからん!これじゃ、ほんとの火事の時に、焼け死んでしまうではないか。
と、廊下に出た私は今までの余裕が吹き飛んでしまった。
「こげくさい…」
部屋の中にまで臭いがただよってくるなどとは、ただごとではない。24時間換気システムを回していたから、外気を取り入れてるとはいえ、おかしい。焦った私は、とりあえず会社に持っていくバッグを手に、(財布もカードも入っているし、これさえあればまあ大丈夫と判断し)玄関の外に出た。


図なんと、外はたいへんな騒ぎになっていた。まず、何台もの消防車がとまっていて、サイレンの音が轟き、すごい。更に、マンションの周りにはすごい数の野次馬が群がっている。それに、焼け焦げた異様な臭いも漂っていた。まさにこれから私が降りようとしている非常階段は、避難民が、蟻の行列を作っていた。
なんとも信じがたい光景が目の前に展開されていた。
これはただごとではない、早く逃げねば!
私も蟻の行列に加わった。換気扇のがーがー音で避難警報が聞こえなかった私が、最後尾である。ところが、階段を降りていくと、すでに上がってくる人がいた。時間が時間だけに、風呂あがりの濡れた頭にスエット姿の人も多い。
「どうしたんですか?」と聞くと、
「駐車場で車が燃えてるみたいなんですけど、消防署の人が、もう大丈夫だから部屋で待機するようにって」とのことであった。
車が燃えている、と聞いて、私はちょっと安心した。なぜか・・・
それは、火事の原因が私にあるのではないかと、実は内心おびえていたからである。
その翌日は、永らく愛読している読売新聞の古紙回収日にあたっていたのである。地球にやさしい私は、古紙をごみとするなんてもってのほか、ちゃんとリサイクルしなければ、と使命感に燃え、ちゃんと古紙回収に出そうとしていた。新聞に入っていたちらしには、朝9時までに出してくださいと書いてあったが、出勤の時に、新聞の束を持って出るなんて、とてもじゃないけどできやしない。前の晩に出すにがぎる、と思った私は、9時過ぎ、新聞を抱えて下に降りた。オートロックの中においたのでは置き去りにされる可能性がある。それでは困ると思い、ご丁寧にロックの外に出しておいたのであった。(といってもマンション内)だが、ここは通りに面したマンションである。人通りも多い。怪しげな人も通るはずだ。
私の頭の中には、真っ先に 「放火」 の2文字が浮かんだ。
古新聞 ⇒ 放火 ⇒火災発生…原因はあたし???  どうしよう…
新聞を置いたところは、誰にも見られなかった、だが、ぼや騒ぎの原因をこしらえておいて、知らん顔ができようか。もしそうだったら、1軒1軒に詫び状くらい入れなくてはならないかもしれない…


車が燃えていると聞いても、ほんとに車なのか、この黒目で確かめない限りは、信用できない。しかしながら・・・たかが新聞が燃えたくらいで、こんなにすごい臭いがするわけがない・・・私の頭は、不安を打ち消すために、ぐるぐる回っていた。
一旦部屋に戻った私は、落ち着かない気分でベランダから下を見たりしていたが、逆梁工法のため、真下はちっとも見えない。しばらくして、もう1度下に降りてみた。今度は、階段を使って1階まで。そして誰もいないのをささっと確認すると、すごい早業で、新聞の束をオートロックの中に移動させた。するとちょうどその時、消防署の方とでくわした。職務に燃え、とても人のよさそうな彼は、 「もう大丈夫ですよ」 と声をかけてくれた。
「車が燃えたんですか?」 と問うた私に、
「ベンツが燃えたんですよ」 と、やたらベンツを強調していた。
ベンツだってぇ〜!? ベンツといえば、ここ3〜4日、ずうずうしく身障者用のスペースにとめている車ではないか。
都内は駐車場不足である。あったとしても、やたら高い。誰だって駐車場かわりに使いたいスペースだ。一時駐車は仕方なかろう。だか、このベンツはずうずうしくも、何日もとめっぱなしだったのだ。
「ベンツって、身障者用のところにとめっぱなしのベンツですか?」 と聞くと
「いや、帰ってきたばかりらしいですよ」
それじゃあ、あのベンツとは別のベンツかな?
「自然発火なんですけどね。たまにあるんですよ」
へっ? そんなこと、たまにでもあるの?
って思ったが、毎日消火にあたっている彼にとってはさほど珍しいことではないかも知れないが、我々一般人には、一生に1度お目にかかるかどうかの大事件だ。
自分が置いた新聞紙が発火原因じゃないとやっと確認がとれた私は、安心し、部屋に戻って深い眠りについたのだった。
それにしても、やはり高層マンションは、なにかあった時にこわい。ベランダから飛び降りるわけにもいかないし、非常階段だけが頼りである。
だが、うちのマンションの人はみな、常識がある。ちゃーんと階段を使って避難していて、エレベーターを使うなどというばか者はいなかった。
そして・・・翌日、駐車場で燃えそこなったベンツのナンバーを確認した私は、やはりあの、足立ナンバーのずうずうしいベンツが騒ぎの原因であることを、この目で確かめた。
私は心の中で叫んだ。


「とめちゃいけないところに何日も車をとめるから、天罰が当たったんだよ!」

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