Chapter2 マンション売却編-その3 お買い求めいただき・・・

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8割方、売ることを諦めていたとき、ポストに入っていた、1枚のちらしが目に留まった。それにしても、ポストというのは、いろいろなものが入ってくるものだ。目の前に8階建てのマンション建築のお知らせもあれば、天童よしみの家が留守かどうかも確認できる。
今回は、このちらしが朗報をもたらせた。 分譲マンションには、年がら年中、マンションを売りませんか、というちらしが入ってくる。「○○マンション限定」だの「○○マンションを探している方がいます」だの、見え透いた嘘広告が入ってくるのである。
幸運のちらしも、そのたぐいであった。いつもなら、即ごみ箱行きとなっていたところだが、そのちらしはとてもきったない字で、「○○マンション(うちのマンション名)を探している方がいます」と、ここまではいつもと同じパターンだったが、そこに 「奥さんの実家が近くで、友達もこのマンションに住んでいて、大変気に入って、ぜひここがほしいといっている」といったようなことが、ながながと書かれていた。
そんなにうちのマンションを欲しがっている人がいるなら、売りにだしてますから、どーぞ見にきてください、と言ってやろうと思って電話をしたが、まだ9時前だというのに、誰も出なかった。こんなに早く帰るとは、なまけ者の不動産屋だ。だいたい、このマンションをほしい人がいるなら、売りに出ていることを知らない不動産屋がいるわけがない。嘘八百を並べ立てた広告であることは明らかだったが、だからこそ、一言いってやりたかった。


図私としても、翌日の営業時間内に電話をするまでのガッツはなかったので、契約している不動産屋に電話して、これこれこういうことだから、先方に電話をして聞いてくれないか、と下駄を預けた。
どうせウソ広告だから、期待はゼロだったが、いないならいないと、報告くらいしてきたらどうなんだ! 1週間経っても電話をよこさない不動産屋に腹を立てていた頃、その電話はかかってきた。なんと、今度の土曜日に内見したいという人を連れてくるというではないか。別にこのマンションをご所望されているわけではないようだが、このあたりで探していることは本当らしい。
…だが、しかし、今度の土曜というのは、少なからず問題があった。出張など滅多にない、どころかゼロに等しい私が、前日の金曜日に、出張を命じられていたのである。それも、大した仕事でもなく、ちょっとした旅行気分を味わえる、それはそれは楽しい出張なのだ。翌日は休みだし、私は一人勝手に、温泉付きペンションに予約を入れ、泊まることにしてしまっていた。
もちろん宿泊費は自分持ちだが、交通費は出張費でまかなえるわけだし、せっかくのチャンスを諦めるのはもったいない。温泉付きペンションを探すのだって、結構大変だったのである。一人ではなかなか泊めてくれない。女性1人の宿泊客は自殺するかも知れない、という古くさい理由ではなく、冬場はスキー客相手でもない限り、雪の降る地方は、採算がとれないので、Closeしているらしかった。
それでも何人か集まればOKのようだが、1人だけでは大概は泊めてくれないらしい。私も何軒か断られて、たまたま他のお客さんがいるから、とやっとのことで見つけた温泉付きペンションなのだ。それをキャンセルするなんていやに決まっている。


内見は、日曜にしてほしいと要望を出した。もしどうしても土曜というのなら、午後2時以降、ということにしてもらった。せっかく見つけた温泉付きペンションなのだ。雪の中を観光してあるくことはできないだろうが、一風呂浴びて、のんびりしてから帰ろう、そういう思惑は、見事にはずれた。先方が、どうしても土曜日に見たいと言ってきたのである。
4時に来るということになった。残念だけど、朝一番の列車に乗って帰ってこなければならなくなった。が、よいこともある。我が家の日照時間の短さを、冬の4時ならカモフラージュできる。ま、だいたいにおいて、ちょっと来ただけの人というのは、さほど日当たりなど気にならないものである。まして、うちは日が当らないのではなく、翳るのがちょっと他のお宅より早いだけなのだから…。私は日曜にしてくれって言ったのよ、それをどうしても土曜の4時にしてくれっていってきたのは、先方だもーん。


図そしてそして、運命の日がやってきた。「ファーストカスタマー」とお呼びしよう。私もなんせ初めての経験なので、きんちょーしてしまい、言おうと思っていたことを忘れてしまったりもしたが、ファーストカスタマー妻は、結構気に入ってくれている様子だった。ファーストカスタマー夫の方は、奥さんがよければいい、というかんじで、特に積極的に見ているふうでもなかった。
奥さんの方は気に入っているように私の目には映ったが、安心はできない。私だって人の家を見に行ったら、「こんなのだめ」と思っても、そんなことはおくびにも出さず、あいそよく質問したり、話したり、そのくらいはする。
超能力など持ち合わせていない私は、相手が本当のところはどう思っているのかなど知るよしもなかったが、数時間後、「買いたい」という連絡が入った。ただし、値引き条件付き、50万引いて、2700万にしろといってきた。既に最初の売り出し価格から、140万も値下げしているのに、更に引くことには抵抗があった。担当のA社C男曰く、向こうはもっと引くようにいってきたが、こちらも次が買えなくなるので、そんなに引くことはできないといって、この額にした、とかなんとか恩着せがましく言ってくる。このC男は、やることにぬかりはないが、ちょっと小生意気でキライである。
こういっちゃなんだが、今回の買主様だって、私が見つけてきたようなものではないか。確かにほんとなのかわからない広告を元にして、うまく話を持っていってはくれたかも知れないが、私が相手の不動産屋に電話しろといわなければ、成立しなかった話だ。なんで手数料なんて払わなくちゃいけないんだ。
C男は、譲歩案として、仲介手数料をちょっと引く、といってきた。仲介手数料は、3%と相場が決まっているが、正しくは、「3%を限度として」である。別に2%だろうが1%だろうが構わないわけである。これ以上引いたら、すっごく損するような気分にもなっていたし、別に絶対に売らなければならないというわけでもなし、正直迷った。確定申告できる譲渡損失は、あまりに損が多いと、1年では控除しきれないので、期間限定の特別措置で、3年間繰越ができることになっていた。その期間内なので、もちろん3年間、税金が戻ってくると信じていたのだが、よく調べてみると、5年間(1/1現在)所有していなくてはならず、私には該当しないことがわかっていたのも、躊躇する要因となっていた。
が、、、一方で、売ると決めた時、2700万なら売れるだろう、とぴーんときたことも思い出された。
よし、2700万で売ってしまおう! いさぎよく決めた私が、そこにはいた。
(後日談:ファーストカスタマー夫は、我が家のドアが閉まった瞬間、「よし、ここに決めた!」とおっしゃったそうである)

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